ちいさな幸せとは
ここ3年ほど、自己啓発やスピリチュアルの類の本は100冊くらい読みあさった。
何冊も読んでいくと、各本の述べていることに共通項が出てくる。
それは「幸せになるには、幸せにならなければいけない」ということ。
それは金銭的に、物質的に、豊かになることとイコールではない。
お金を増やしたり、ものを買うことは幸せへの道ではあるけれど、必ずしも「幸せ」そのものではないこと。
大事なのは自分の内面が「幸せ」を感じるかどうか、というようなのだ。
自分が(本当に)好きなことをして、幸せな気持でいることが幸せになることなのだそうだ。
(本当に)と書いたのは,私たちは自分にすらウソをついていることがあるから。
私も、多くの人も、こんな服着たらかっこいいかな、こういうことしたら親が喜ぶかな、なんて考えを持って何かをしていることが多いのだ。
で、「これが自分が好きなこと」と自分に思い込ませることで、その行動の頻度を意図的に増やす。
だけど本質は好きなことではないから、心は泣いている。
たとえばこんな感じだ。
仕事で忙しい。だけど私はばりばり働く毎日を充実してると感じてる。
本当に?毎日終電間際まで働いて、疲弊して、家賃を払うのにやっとの給料しかもらえてない。
もっとラクしたくない?もっとお金ほしくない?そんな本音にふたをしてるうちに、本当に「充実してる」と思ってしまう。
無理なポジティブ思考はある日突然破綻する。
たとえば上司に怒られて落ち込んで進まない残務を夜中こなしているときに。
あるいは明るくかわいい知人が定時上がりで好立地のマンションに住み、海外出張をしてることを知った時に。
私、何やってるんだろう。私って何なんだろう。ずっと力ずくでかぶせていたふたにみしみしヒビが入るのだ。
まずはこんなウソをついている可能性があることに気づく事。
そして、本当に幸せなことを見つけて、ただそれをなるべく多くして、そこで感じる気持ちをどんなシーンでも持てるようにすること。
ジョイとか、ゾーンに入るとか、愛、とか、様々な本にそんな言葉で表されているのが、この気持ちらしいのだ。